1 / NOVEL / HOME |
「……させるかっ」 妙に近いなー、と思っていたら、案の定触れそうになったやつの顔を、俺はぐいっと押しのけた。 「泰(たい)ちゃん……」 旺(あきら)は後ろ手をついて、かろうじて尻もちは避けたが、困ったように俺の顔を見上げた。そうすると、ただでさえやさしげな顔だちが、眉じりが下がってかなり情けなくなる。 旺のベッドに腰かけて、新譜のCDを物色していた俺は、なんだよ、と床の上のやつをにらみつけた。 「べたべたすんなら、帰る」 「……泰ちゃんが、話があるって押しかけてきたんじゃないか」 う、そうだった、と俺は一瞬言葉につまったが、すぐにごまかすように、ことさら偉そうに言った。 「喉かわいた。ソーダ!」 「……コーラでいいだろ」 「いやだ、メロンソーダ!」 「ないよ、うちにはそんなの」 「買ってくればいいじゃん」 本当は炭酸なら何でも良かったのだけど、平静をよそおいつつも、内心どきまぎしているのを知られたくなくて、俺はむきになって言いはった。 それに、あのいかにも体に悪そうな、薬くさいメロンソーダが好きなのは本当だ。なかなか売っていないのだが、この家の近所のコンビニが常備しているのを知っている。 せっかくだから貴重な1.5リットルボトルと、何かスナックでも買いに行かせて、俺はその間に一人で対旺対策をもう一度練り直すことにしよう。 やさしい色のダウンジャケットに袖を通してしぶしぶ部屋を出ていくやつの背中を見送りながら、俺は密かにため息をついた。 夏からこっち、俺は何度か旺と会っているが、どうもその、やつが、変な雰囲気に持っていこうとするので困っている。 さすがに遠いから平日は無理だけど、休みの日なんかに母親から持たされた土産なんぞを片手に叔母宅を訪ねていくと、旺は嬉しさを隠そうともせず、ぱっと顔を輝かせるものだから、俺もついついほだされて、やつの部屋に連れこまれてしまう。 テレビゲームなんかをしていると、今までおとなしく横で眺めていたと思ったら、ふいに後ろからぎゅっと抱きついてきたりなんかして。 振り払ったりするのもアレかな、と思ってじっとしていると、首筋になんかこそばゆい感覚がしたりして。さすがにそのままカーペットの上に押し倒されかけたときは、驚いて抵抗したけれど。 でも俺が嫌がると、なぜか旺もびっくりした顔をするんだ。もしくはさっきみたいに、かなり不本意だって顔を。 あいつは、いったい、俺のこと何だと思ってるわけ? それを考えると、なんだか、いやーな気分になってくる。 俺と旺は、確かに肉体関係がある。でも一回きりだし、それにあれは不可抗力だった。 夏休みに訪ねていった田舎で、俺は大伯父の恋人だった明野(あけの)にとっ憑かれて、えらい目に会ったのだ。危うく人殺しまでしかねなかったところを、旺に救われたのだ。その手段が、その、やつとエッチするってことだったんだけど。 俺は、正直、東京にもどってしまえば、旺とはあれきりになるんじゃないかな、って思ってた。親同士はともかく、従兄弟としてはもともと疎遠になってたし。 でもなぜか、九月の最初の日曜日、クラスの連中からの誘いはことわって、はるばるこの家のインターフォンを押しにきている自分がいた。それからも毎週とは言わないが、旺とはちょくちょく会っている。 俺の突然の変化に、うちの家族なんかはかなり首をひねっていたが、まあ両親は、親戚づきあいは悪いことではない、というスタンスらしい。上坂家の姉弟は、親戚内でもかなり評判がよろしいので、学校の悪友共なんかとおかしな遊びをしているよりは、ということなのだろう。 上坂家でも、一人を除いてわりと歓迎ムードだ。というか、趣味の広い叔父、叔母夫婦は、日曜はそれぞれおでかけで、家にいることは滅多にない。姉貴の方も、いるんだかいないんだかわからないが、わざわざ俺の前に出てくることはないので、実質、この家では俺は旺と二人きりだ。 二人きり……。 いや間違いではないんだが、なんだか誤解されそうな響きだ。従兄弟同士、それも男同士で、二人きりも何もないもんだ。 でも、ふっと気づいたりすると、旺の、あの色素の薄い、澄んだ瞳がこちらに向けられている。そうすると、俺はまるで催眠術にかかったみたいに、ぼーっとしてしまうことが多い。 妙な力を持つやつのことだから、本当に何か術でもかけているのかと思うほどだ。だいたい嫌なら来なければいいだけで、なぜ俺は、特に趣味が合うわけでもない男のところへ、ゲームをしたりビデオを見たりしに来ているのだろうか……。 こないだも菓子を食べていたらキスされて、怒って帰った俺は、それから二週間電話もせず、もちろん遊びにも来なかったのだが、今日またこうして旺の部屋にいるわけだから、やつが誤解しても無理ないのかもしれない……。 がたん、と家のどこかで音がしたような気がして、物思いにふけっていた俺は、はっとした頭を上げた。 気のせい? 旺が帰ってきたにしては早すぎる。車の音がしないから、叔父や叔母ではなさそうだし、美奈子だろうか。 それとも? 俺は、ふいに今日ここに来た理由を思い出した。 そうだった。俺はここ一週間ほど、あることに悩んでいて、それを旺に相談するために来たのだった。 それは毎夜見る夢だ。 明野の夢。 そう、諸悪の根源。なのにどうしても憎めない女。 夢自体も決してつらかったり苦しかったりするものではない。 実際にどんな夢かは目が覚めると忘れているのだが、起きぬけの気分は決して悪くない。どちらかというと、目覚めたのが残念というか、体はだるく、生ぬるい倦怠感に満ちている。 いや、はっきり言おう。気持ちのいい夢だ。その証拠に俺は――夢精している。 明野に関係のある、何だかエッチな夢。これが不安の種でなくてなんだろう。 明野が、いわゆる、成仏というか、この世から消えてしまったのではないことは、俺たちも知っている。なんといっても、東京行きの汽車についてこようとしていたし。 そのときは何とか振りきったつもりでいたが、今になって彼女の夢をまた見始めたということが何を意味しているのか……。まさか、こっちに来ちゃってるんじゃないよな。 七日間ひとりで悩んだあげく、俺はとうとう我慢できなくなって従兄弟に助けを求めに来たのだった。 「あきらー」 自分が追い出したくせになんだか心細くなった俺は、綺麗に整とんされた、いかにも旺らしい部屋を見まわした。 教科書と、文庫本と、それから少しマンガも混じった本だな。どこか外国からのポストカードが無造作に貼られた洋服ダンス。母の趣味だと、少し恥ずかしそうに白状していた、クリーム色の可愛らしいカーテン。 先ほどまで流れていた某有名バンドの曲は、いつのまにか再生が終わったらしく、俺が密かに羨んでいる高価なオーディオコンポはシンと静まりかえって、再びスイッチを押すのもためらわれた。 画面の消えた黒いテレビ画面に、ベッドの上で膝を抱えた俺が映っている。その背後に長い髪がちらりと見えたような気がして、俺はあわてて立ちあがった。 「あっ」 部屋を飛び出した俺は、廊下で誰かにぶつかった。 「おっと」 すっ転びそうになった俺を支えてくれたのは、見たこともない男だった。眼鏡をかけたまじめそうなやつで、年上っぽい。雰囲気からしても大学生かもしれない。 誰だろう、と思っていると、 「あんたなの」 という声がした。 気づくと男は一人ではなかった。 「美奈子……」 「美奈子さん、でしょう。何回言ったらわかるの。わたしの方が年上なんだから」 旺の姉であり、俺の従姉妹の美奈子だった。赤いチェックのスカートに少し大きめの生成りのセーター、という普段着だ。いつもは長く垂らしている髪を後ろでしばっていて、形のよい耳や頬のラインがむき出しになっている。剥いたゆで卵のように白くつるっとした頬だった。 彼女に会うと常にそうであるように、俺の心臓のポンプはとたんにせわしく活動しはじめた。 「み、美奈子、いたのか。あの、その、気づかなかったよ」 「いたわよ、悪い? 自分の家にいるのに、わざわざあんたに断ったりしないわよ」 うろたえる俺とは対照的に、美奈子はいつもの美奈子だった。 美人だが強烈な女王様。俺への風当たりが特に強いような気がするのは気のせいだろうか。同じような顔をしているのに、おとなしげな旺と、なぜこうも印象が違うのか、不思議なくらいだ。 「旺くんの友達かい」 そうだった。久々に美奈子様のご尊顔を拝ませてもらって舞い上がってしまい、忘れていたが、この男がいたんだった。 しかもよく見れば、二人ともそろって奥の部屋、つまり美奈子の部屋から出てきたようだ。 両親の留守に! 二人っきりで! 俺はあわてて男に視線をもどした。もしかして、美奈子の彼氏だろうか。 特にハンサムというわけでもない、ただなんか、いかにも頭は良さそうだ。それに、おとなっぽく落ちついた感じ。 美奈子ってこういう男が趣味なのか。それじゃ俺なんか駄目なわけだ。いやもう、今は何の望みも抱いていないけど。 「ただの従兄弟よ」 美奈子はさらっとそう言うと、彼の方を俺に紹介する気はないらしく、男をうながして階段を下りていく。 どうやら男はもう帰るところらしい。俺はなんとなく気になって、少しあとから下りていくと、居間の窓から外の様子をうかがった。 男と美奈子は、門のところで言葉を交わしている。 じゃあ、という感じで男が手を上げると、美奈子がそっとそのジャケットの肘に触れるのが見えた。 俺はそれを見て、なんだかショックを受けた。彼女が旺以外の誰かにそんな仕草をするのは初めて見た。美奈子は絶対に男に媚びたりしないものだと思っていた。 いや、媚びるって言っても、ただ触っただけだけど。 でも俺なんか、一生させてもらえそうもない。 「何見てんのよ」 はっと気づくと、居間の入口に美奈子が立っていた。俺はあわてて窓際から離れたが、やばい、覗き見していたのが丸わかりだ。 「言っとくけど、家庭教師の先生だからね」 「えっ、あっ、そ……」 「もっとも受験終わったら正式につきあってくれって言われてるけど」 なんだ、やっぱ彼氏じゃん。いや、彼氏候補か。受験終わったら、っていう条件がよくわからないけど、あの様子じゃ、美奈子もまんざらではなさそうだ。 俺は脱力して、どさっとソファに腰を下ろした。 美奈子はそのままキッチンへ向かって、ごそごそ何かをしている。俺は未練たらしくその後ろ姿を目で追った。 やっぱりいい女だよなぁ。ウエスト細いし。足首も締まってるし。はっきり言って、美奈子ほどの女に俺は会ったことがない。 そりゃブラウン管の中には、もっと美人の女優も、もっと巨乳のアイドルもいっぱいいるが、血が近いせいか、幼いときの刷り込みか、俺にとっては、女といえば美奈子がトップなのだ。それはもう、嫌がられても嫌がられてもしつこく後をついて走った幼稚園児のときから……。 ごとっと目の前にマグカップが置かれ、俺は阿呆面を上げた。 「コーヒー。ブラックだけど。ミルク入れたかったら自分でやってね」 「えっ、えっ」 「言っとくけど、自分が飲みたいから入れたのよ。これはついで」 美奈子は、くいっと顎を逸らしてそう言ったが、ついでだろうとなんだろうと、美奈子に飲み物を入れてもらったのはこれが初めてだ。 俺は喜ぶよりも何かうさんくさいものを感じて、おそるおそるマグカップに手を伸ばしながら、上目使いで相手の様子をうかがった。 案の定、美奈子はそのまま二階へ戻ろうとはせず、自分のカップに口をつけながら、俺の真向かいに腰を下ろした。そして一口、二口コーヒーをすすると、おもむろに切り出した。 「夏休み、旺と何かあったでしょう」 「ぶっ」 俺はコーヒーをこぼしそうになって、あわててテーブルに戻した。 「な、何かって? もしかして、あ、あいつ、何か言ってた?」 「言うわけないでしょ。でもわかるわよ。あんたは手のひら返したみたいに、せっせとあの子のご機嫌うかがいに来るし」 「別にそんな……」 「今まで旺のことなんて見向きもしなかったくせに。何があったの? また怖い目にでもあった? あの子がまた何か連れてきちゃったの?」 「あ、ああ、そういう何か……」 俺は思いっきり安堵したが、美奈子はそれには気づかない様子で、コーヒーを片手に窓の外に視線を移した。綺麗なカーブを描く長い睫毛。高すぎも低すぎもしない、絶妙な形の鼻。 ちくしょう、何をやっても様になる女だ。 「わたし、あんたが嫌い。大嫌い。もともとうるさくてしつこくて嫌なガキだったけど、いつだったか、一度だけ、前の家に泊まりにきたことがあったでしょう。あのときよ、あんたは敵だってはっきり思ったの」 俺が旺の部屋に泊まったとき――小学生のときだ。何か恐ろしい目にあって、夜中に泣いて帰ったあの夜。 「わたしね、小さい頃から怖いものをよく見る子だったわ」 俺は驚いて、美奈子の横顔を凝視した。不思議な力を持っているのは旺だけかと思っていた。 「もやもやした得体のしれないもの、誰ともわからない声、そんなものを見たり聞いたりしてよく泣いたの。わたしがあんまり言うものだから、親が調べてくれたわ。何代か前の先祖に――ああ、これは父方だからあんたには関係ないけど、そういう人がいたらしいの。いたことか、神子寄(みこよせ)って言うのかしら、けっこう力のある、有名な人だったらしいわ。だからわたしもその血を引いてるんだって、父さんたちは納得したみたいだけど――」 美奈子は頑なに俺から目を逸らしたまま、再びコーヒーを啜った。後ろでくくっていた紐がほどけかけていて、肩から背中に流れた長い黒髪が、なぜか明野を思い出させた。 「あるとき、わたし、わかっちゃったのよね。力のあるのは旺なんだって。だって、あの子といるときしか、変な目にあわないんだもの。友達の家に泊まりにいったり、修学旅行なんかじゃ何も起きない。でも家族で出かけたりするとてきめん。それも旺がいるときだけ、ね。 あの子も小さいときはわからなかったみたいだけど、だんだん自分が何をやってるか気づいてきたの。不思議よね。怖い目にあうのはいつもわたしなの。あの子じゃなく。引き寄せてるのはあの子なのに、影響を受けるのはわたしなの」 俺は、その言葉に、この夏休みにあったことを思い出した。庄右衛門(しょうえもん)に焦がれていた明野。彼女は彼そっくりの旺を求めていたのに、とり憑いたのは、そばにいた俺だった……。 「だからと言って、あの子を恨んだりする気は起きなかった。旺はずいぶん申し訳ながってたみたいだけど、わたしは、変ね、何か特別な、選ばれたみたいな気持ちになってたの。反応するのは、あの子に一番近い人間だけなんだもの……」 美奈子は、そこで俺の方を向いた。その目にははっきりと俺に対する嫉妬の炎が見えた。 「なのに、あんたが泊まりに来た晩、わたしはあっさりお役ご免になった。他にどんなに仲のいい友達があの子にできても、その役目だけはわたしのものだったのに」 憎々しげなその物言いに、はっきり言って俺はちょっと引いていた。昔から妙に旺に対して過保護な姉だとは思っていたが、この執着はちょっと異常ではないだろうか……。 「どうせこの夏も何かあったんでしょ、あんたたちがいっしょにいて、何も起こらないはずないわ」 「え、あ、うん、まあ」 美奈子は、やっぱり、という感じでため息をついた。同時に刺々しい雰囲気も薄らいで、俺もほっと体の力を抜いた。 「しかたないわね、選ぶのは旺だもの。あの子には、いつだってあんたが一番だった……」 「み、美奈子……?」 軽くうつむくその仕草は、恐ろしいことに、あの家庭教師に対するものよりもどこか艶めかしく、唐突に俺に女を感じさせた。 「でも泰生(たいき)、あんた、覚悟はできてるの?」 「覚悟って?」 「あの子の巫女(みこ)になる覚悟よ。あの子のそばにいたら、これからもきっと同じことが起こるわよ。いえ、巫女というより憑代(よりしろ)ね。あんたの体だってあんたのものじゃなくなるのよ」 その言葉に思いきり思い当たるものを感じた俺は、引きつった笑いをもらした。 「ははは、まさか、巫女って……じゃあ、旺は神さまかよ」 美奈子はかぶりを振った。 「あの子は王様よ。君臨するだけ」 「旺が? 王様? は、それはないだろ。あの旺だぜ?」 そう、美奈子ならともかく、あの押しの弱い、旺が? 俺に言われておとなしくコンビニまで使いに行くようなあいつが王様? 俺が笑うと、美奈子は物憂げに「今にわかるわ」と呟いた。 「あの子に捕らわれて、逆らえないようになってから」 ふっ、と視界が暗くなり、肌が粟だった。 それは悪寒ではなく、確かに予感だった。 そう、このままでは間違いなく、俺はその道を辿るという。 そして同時に思い出した。目覚めるたびに忘れてしまっていた、ここ数日の明野の夢。とろけるような気持ちのいい夢の内容。 それは本当は、明野の夢ではなく、旺の夢だった。 旺とセックスする夢だった。 俺は女のようにやつに抱かれていた。あの夏の夜のように、嬉々として。草と土と水の匂いのする、あの場所でしたのと同じように、旺の首に両手を回して先をねだっていた。 だから、俺は何の疑いもなく、それが明野の夢だと思ったんだ。抱かれているのが自分ではなく、明野だと思いこみたかったからだ。 「何してるの?」 背後から、咎めるような声が飛んできた。 ふりむくと、コンビニの袋を下げた旺が廊下に立っていた。 「旺」 「二人がそんなに仲がいいとは思わなかったよ。コーヒーなんか飲んで、何の話?」 「須藤さんを見送っただけよ……」 美奈子は小さな声で答えた。旺はその言葉を確かめるように、俺と、美奈子を、交互にじっと見つめた。 まただ。夏にもこんなことがあった。まるで何かのスイッチが入ったように、突然、旺の立場が逆転する。 気の強い、美人でしっかりした姉と、目立たない、おとなしい弟。 我がままで自分勝手な俺と、必死で後をついてきた従兄弟。 それなのに、今、この場を支配しているのは旺だ。まるで、そう、美奈子が言った「王様」という言葉が象徴するかのように。 「泰ちゃん、ソーダ買ってきたよ。飲むだろ」 言われて、俺はふらふらと立ちあがった。美奈子のことなど綺麗に頭から消えてしまう。 何だか、熱にうかされたように、黙ってやつの後をついて階段を上がる。 実際、体が熱かった。あの、甘い夢を見た朝のように。 「泰ちゃん、姉さんと何話してたんだ? 顔、赤くして……」 部屋に入ったとたん、旺が抱きついてきた。 「俺を追い出して、姉さんと二人きりになりたかった? 泰ちゃんは、昔から姉さんのことが好きだったもんな、でも姉さんには……」 悔しそうに何かをしゃべっている旺を、俺は至近距離でぼんやりと眺めていた。 何を言っているのかわからない。 ただ目に入るのは、よく知っているはずなのにどこか他人のような、この綺麗な従兄弟の顔だけ。 沼のほとりで、夢の中で、力強く俺を抱いた男のことだけ。 目をそらすこともまばたきもできず、うるんでくるのがわかる。吐く息が湿り、温度が上がる。 「キスして、泰ちゃん」 旺は囁くように言った。それは決して傲慢な言い方ではなかったが、俺は唯一絶対の王に命じられた忠実な家臣のように、ひざまずいてその身を捧げたくなった。 俺と旺の体にはさまれて、王様の買ってきたペットボトルと菓子の入ったポリ袋が、がさがさと耳障りな音をたてた。 終
|
1 / NOVEL / HOME |